遺留分と近年問題になりやすい特別受益の比較
相続の際は、遺留分や特別受益について気をつける必要があると耳にした経験がある方は多いでしょう。
遺留分・特別受益は、より公平で合理性のある相続の実現に役立つ共通点があります。
しかし、制度の趣旨は異なり問題となる場面は必ずしも一致しないので、両者を混同せずに理解する必要があるでしょう。
制度の意義や趣旨を簡単に確認し、両者が密接に関係する論点や、特別受益財産の評価の注意点について解説していきます。
遺留分とは
遺留分は、一定の法定相続人に、一定割合の遺産を受け取る権利を保障する制度です。
被相続人から最低限の経済的恩恵を金銭で受ける権利を相続人に与え、公平な相続や安定した社会を実現させる趣旨と言えるでしょう。
被相続人の立場からすると、生前贈与や遺言による財産処分の自由が制限されます。
相続発生前の段階で、被相続人による遺言などの行為により遺留分侵害の可能性が発生しているのが通常です。
遺留分が侵害された場合には遺留分侵害額請求権と呼ばれる金銭返還請求を可能とし、相続開始後に金銭で最低限保障される額を取得できる仕組みになっています。
被相続人の意思により、遺留分制度のみを排除可能とする規定はありません。
特別受益とは
特別受益は、生前贈与や遺贈の価値を遺産に加えて具体的相続分を計算し、公平に遺産分割しようとする制度です。
遺産分割の内容を決める場面で、公平な分割方法を追求する際に問題となります。
具体的には、①全ての「遺贈」・②生前贈与のうち「婚姻、養子縁組、生計の資本のための贈与」、実質的解釈としては「遺産の前渡しと評価できる、通常の扶養を超える範囲の贈与」について、①②の額を遺産に持ち戻して計算し、公平と考えられる具体的相続分を算出します。
過去の生前贈与などについても実質的に考慮に加え、法定相続人間で受け取るべき公平な金額を計算しようとする趣旨と言えるでしょう。
特別受益には持ち戻し免除の規定があり、被相続人には意思表示によって持ち戻し計算を免除し、一部の相続人を優遇する自由が認められています。
協議がまとまらず遺産分割調停や審判といった家庭裁判所での手続きがなされる際に、特別受益を主張すれば、より公平な結論が導かれるでしょう。
近年問題となりやすい特別受益に注意
遺留分は最低限の遺産を保障する制度なので、一定以上の遺産が残っていれば一切問題になりません。
一部の相続人にあまりにも有利な遺言があるケースや、遺産に対する割合として高額な生前贈与があったケースに、遺留分を侵害する額につき金銭で取り戻すのを可能とした、補完的制度と言えるでしょう。
特別受益は、遺産の前渡しと評価可能な一定の生前贈与がある場合に、公平な遺産分割をしようとすると、常に問題となりえます。
近年、日本では社会経済状況の変化の影響で、親が子供に一定の経済的援助をするケースが多く見られるようになってきています。
特別受益と判断される生前贈与が増加傾向のため、遺産分割をする際は特別受益について忘れずに考慮するよう注意しましょう。
遺留分の計算時に特別受益が深く関係する
両者が深く関係するのが、遺留分の額を計算するときに必要となる、一定の特別受益の考慮及び額の計算です。
遺留分侵害額請求の前提として遺留分計算の基礎財産額を算出する際に、10年以内の特別受益について、基礎財産に加えるとするルールがあるのです。
民法が改正されて扱いが変わった部分でもあるので、検討すべき特別受益の範囲・持ち戻しの免除が無いとの注意点についてしっかり確認しましょう。
遺留分額を少しでも増やしたい場合は、特別受益の確認が重要となります。
遺留分計算において、10年以内の特別受益を必ず考慮しよう
具体的遺留分計算の基礎となる財産の額の算出の際は、亡くなった時点の遺産の額に、一定の生前贈与財産を足します。
「相続人に対する、相続開始前10年以内になされた特別受益にあたる生前贈与」が、基礎財産として加算されるのです。
基礎財産を式で表すと、「遺留分算定のための基礎財産=遺産額+一定の生前贈与(1年以内の相続人以外への贈与+10年以内の相続人への特別受益にあたる贈与)額-債務額」となります。
一定の生前贈与に限定されたのは、無制限に生前贈与を考慮するならば受贈者に不当な不利益や負担が発生し、取引の安全を害する結果にも繋がるからです。
遺留分侵害額請求時に、10年以内の特別受益の額を加算すれば、具体的に請求可能な遺留分額が増える可能性があります。
10年以内か、特別受益にあたるのかどうかの検討・確認が大切です。
遺留分計算の際には、特別受益の持ち戻し免除が認められない
前述のとおり、特別受益には遺産分割計算時の持ち戻し免除が認められています。
例えば、事業を継ぐ子供の一人に特別受益にあたる生前贈与をした場合に、持ち戻しの免除をしないケースでは、事業を継いだ子供が、相続時に実際に受け取る遺産額は少なく計算されてしまいます。
持ち戻し免除の意思表示をしておけば、残った遺産が法定相続分に応じて分割される結論となり、事業を継いだ子供を優遇可能です。
しかし、遺留分の基礎財産を計算する際には、持ち戻しの免除は認められず、持ち戻し免除の意思表示は無視される点に注意が必要となっているのです。
特別受益の加算を10年以内に限定してバランスをとりつつ、相続人の意思(=免除の意思)によって遺留分を侵害するほど一部の相続人が優遇されるのを避ける趣旨と言えるでしょう。
結論としては、特別受益の持ち戻し免除があった場合でも、遺留分額の計算時には特別受益の額が基礎財産に加えられます。
特別受益の財産の評価基準時点その他注意点について
特別受益の額を算出すべきケースでは、財産の評価基準時点や評価方法が問題となります。
過去の贈与時の評価でも相続開始後の遺産分割時の評価でもなく、相続開始時の評価額で計算する点が重要です。
不動産・宝石・金などは価値の変化が大きく、贈与時と相続開始時では価値が全く異なる可能性がありますが、どれだけ高騰・下落していても相続開始時の評価額で計算するのが原則です。
もっとも、一方当事者にあまりに酷な結論となる場合には、審判において家庭裁判所が修正する可能性はあるでしょう。
財産の評価の方法は、専門家による鑑定などを利用し、厳密に行うべき点にも注意が必要です。
金銭の場合の評価方法や、特別受益と相続税との関係についても注意点として紹介します。
具体例における評価基準時点や特別受益の計算の確認
特別受益にあたる高額な不動産贈与があったケースの具体例で、評価基準時点や特別受益の計算について確認しましょう。
「法定相続人が子供二人で残っている遺産は2000万円であり、10年前に子供の一人に対して当時1500万円程度の価値があった不動産の生前贈与があり、相続開始時は2000万円、1年後の遺産分割時には不動産価額が2200万円まで上昇していた事例」を考えます。
相続開始時の評価額が特別受益の額とされるので、相続開始時の不動産価額である2000万円が特別受益の財産評価額です。
計算上の仮定遺産額(みなし相続財産)は「2000+2000=4000」万円となります。
不動産の生前贈与を受けた子供が受け取るべき遺産額は、4000万円の法定相続分1/2の2000万円から特別受益の額2000万円を引いて、0円です。
もう一人の子供が受け取るべき遺産額は4000万円の法定相続分1/2で2000万円となるので、残された遺産2000円全額を受け取れば、特別受益を考慮した公平な遺産分割が実現されます。
なお、参考として遺留分も確認してみましょう。
遺留分を計算する際の特別受益の評価時点も相続開始時とするのが通説・判例です。
遺留分の基礎財産は、10年以内の特別受益を加算して4000万円となり、各子供は法定相続分2分の1の半分の、4分の1の割合にあたる1000万円が遺留分として最低限保障されます。遺産が2000万円残っているため、遺留分の侵害はありません。
金銭の贈与があった場合の評価
事業資金の援助などで、特別受益として多額の金銭の生前贈与があった場合の評価額はどう考えるべきでしょうか。
金銭の価値は変化が少ないため、原則として、直近の金銭贈与であれば贈与時の金額をそのまま相続開始時の評価額としてよいでしょう。
あまりも物価や貨幣価値に変動があった場合には、贈与時の消費者物価指数と相続発生時の消費者物価指数の変動割合を考慮して、金銭価値を評価すべきとされていますが、現在の法律で考慮される特別受益は相続発生から遡って10年間に限られるので、問題となる場面はあまりありません。
特別受益が認められても、税金面は相続税の負担割合に影響があるだけ
特別受益が持ち戻しされてもされなくても、基本的には相続税の総額は変わりません。
相続税は、相続財産を法定相続人が法定相続分通りに相続したと仮定して計算した額につき、相続人ごとに相続税率を乗じて出された仮の相続税額を合計し、総額が決定します。
相続税の算出における相続財産(課税相続財産)の額は、相続税法上のルールに基づいて計算される額であり、特別受益の持ち戻しとは無関係です。
遺産分割で受け取る具体的遺産割合の変化も、相続税の総額には影響しません。
実際の相続税の負担割合が遺産分割で具体的に受け取る財産の割合に応じるのは、当然の結論と言えるでしょう。
公平な相続を求める際や遺産を多く受け取りたい際は弁護士に相談しよう
遺留分や特別受益といった、公平な相続の実現に貢献する制度については、相続人として少しでも理解を深めるのが理想です。
しかし公平な相続の実現のために、生前贈与などの各行為を実質的に判断する必要があるため、どの事例にも当てはまる形式的で明確な基準が存在せず、結論が分かりにくくなっているのは否めません。
財産の価額を計算する場合も評価時点や評価方法の問題があり、争いになったケースでも認定可能な正式な価額を算定するのは難しいです。
一般の方が全てを判断をするのは大変ですが、専門家である弁護士であれば公平な相続方法の実現のための各種のアドバイスが可能であり、相手方との交渉もしくは裁判所での手続きの代理もできます。
公平な相続の実現を追求したい際や、出来れば損をせずに多くの遺産を受け取りたい際は、弁護士への相談・依頼を検討してみましょう。