遺産分割時に問題となる『特別受益』とは
遺産分割において、生前贈与を受けた相続人がいる場合、その贈与が特別受益に該当するかが問題となります。
特別受益とは、相続人が被相続人から生前に受け取った財産で、遺産分割において他の相続人との公平を図るために考慮されるものです。
遺贈は原則として特別受益に該当しますが、生前贈与については、その目的や金額など、個々の事情によって判断が分かれます。例えば、婚姻や養子縁組のための贈与は特別受益に該当しやすい一方、日常的な贈与は該当しないケースもあります。
特別受益の有無は、遺産分割の際に相続人間の争いの原因となることが多いため、慎重な判断が必要です。
生前贈与のうち何が特別受益となるのかについては、調停や審判において争いや疑義が生じる論点も多く、各事例の結論を予測するのは難しいかもしれません。
特別受益の意義や制度趣旨、認められる典型例などについて解説していきますので、遺産分割の際に生前贈与が特別受益に当たるかどうか、まずは検討してみましょう。
特別受益の意義と『持ち戻し』について
相続人の中に、生計の資本として生前贈与を受けたり、遺贈を受けたりした者がいる場合に、その相続人が得た利益を特別受益と呼びます。
『特別受益』とは、具体的相続分を算出する際に、相続分の前渡しと同視できる贈与を考慮した計算を行い、残された遺産の公平な分配を導こうとする制度です。
簡単に言うと、特別受益がある場合は特別受益を受けた相続人が受け取る遺産の金額を減らし、他の相続人が受け取る遺産の金額を増やして公平を図るのです。
特別受益の価額を遺産に持ち戻して、架空のみなし相続財産として遺産総額を計算する処理方法は『持ち戻し』と呼ばれています。これは、生前に財産を受け取った相続人が、他の相続人よりも有利な立場にならないようにするためです。
持ち戻しは、贈与された財産を現実に遺産に戻す行為ではなく、仮想計算するための計算上の操作に過ぎない点に留意しましょう。
特別受益により具体的に受け取るべき額が変わる
例えば、2人の子供がおり、一方が生前に1000万円の贈与を受けている場合を考えましょう。遺産が2000万円残っていたとしても、単純に1000万円ずつ分割すると、生前に贈与を受けた子のほうが経済的な利益が大きくなってしまいます。
そこで、特別受益の制度に基づき、生前贈与を受けた1000万円を遺産(みなし相続財産)に加えて、合計3000万円を2人で均等に分割します。その後、生前贈与を受けた子からは、贈与を受けた1000万円を差し引きます。
この計算により、生前贈与を受けた子は残りの遺産から500万円、贈与を受けていない子は1500万円を受け取るという、より公平な分割が可能になります。
特別受益の制度趣旨は持ち戻しで公平な結論を目指す
特別受益の制度は、被相続人が生前に特定の相続人に与えた贈与が、将来受け取る相続分の一部を先行して受け取っているような場合に、その贈与額を遺産分割の際に考慮し、相続人間の公平性を保つことを目的としています。
被相続人か各法定相続人が受ける経済的恩恵を絶対的に平等にしようとする趣旨ではないため、あくまで遺産の前渡しの性質のある特別な生前贈与のみを特別受益とするのです。
現実には、相続人の状況や家族関係は複雑であり、特別受益の適用は必ずしも単純ではありません。
個別ケースに応じて総合的に判断され、認められるハードルは決して低くはないのです。
特別受益となる生前贈与かどうかの判断基準
特別受益は、生前贈与が相続における平等性を損なう程度のものである場合に適用される制度です。民法では、婚姻や養子縁組、または生計の資本として贈与を受けた場合に特別受益と規定していますが、実際の判断はこれにとどまりません。
重要なのは、贈与が遺産の「前渡し」的な性格を持つかどうかです。贈与の目的、金額、相続人との関係性など、様々な要素を総合的に判断し、実質的に遺産分割に影響を与えると認められる場合に、特別受益が認められます。
・贈与の目的
婚姻や養子縁組など、将来の相続に影響を与える目的の贈与は、特別受益となる可能性が高いです。
・贈与の金額
相続財産全体に占める贈与の割合が大きいほど、特別受益となる可能性が高まります。
・相続人との関係性
被相続人と贈与を受けた者の関係性も重要な要素となります。
なお、家制度の影響が強く残っていた民法制定当時は婚姻と養子縁組の際に大きな財産が授受されるケースが多かったために特別に明文で例示されていますが、現在では「生計の資本として」の生前贈与として特別受益にあたるかどうかを問題とする事例が多いでしょう。
生計の資本としての贈与かどうかの判断基準
「生計の資本としての贈与」は、特別受益を判断する上で重要な要素のひとつです。しかし、この言葉の解釈は単純ではありません。
文字通りに解釈すれば、生活を維持するために必要な資金を贈与することを指しますが、特別受益の制度においては、「親族間の金銭的な扶養の範囲を超えた贈与」と解釈されています。つまり、親が子に対して、一般的な生活費を贈与する場合などは、特別受益にはあたりません。
扶養の範囲を超えるかどうかは、贈与の額、贈与の目的、被相続人の経済状況などを踏まえ、個別に判断されます。
御別的総合的に判断されるとはいえ、高額な贈与は特別受益と判断されやすく、低額な贈与は特別受益と判断されにくいのは間違いないでしょう。
・贈与の金額
高額な贈与は、特別受益と判断される可能性が高いです。
・贈与の目的
生活費の補助だけでなく、事業資金や不動産購入資金など、将来的な経済基盤を築くための贈与は、特別受益に該当する可能性があります。
・被相続人の経済状況
被相続人の経済状況が安定している場合、贈与の金額が比較的少額であっても、特別受益と判断される可能性があります。
生前贈与について特別受益が認められる典型例と否定例
特別受益は、生前贈与が相続における平等性を損なう程度のものであるか否かを、個々の事情や具体的な家庭の事情に合わせて判断する制度です。
特別受益が認められるケースとしては、高額な不動産の贈与や、事業資金としての贈与などが挙げられます。一方、認められないケースとしては、通常の生活費の贈与や、病気治療のための贈与などが挙げられます。
しかし、これらの事例はあくまで一例であり、贈与の目的、金額、家族関係など、様々な要素を総合的に判断する必要があるのです。
具体的事案における結論を考察する際には、すべてのケースが同じように判断されるわけではなく、個々の家族の関係性を総合的に考慮して判定されるので、全ての事例で同様の結論となるとは限らない点には注意が必要です。
特別受益が認められる典型例とは
過去の家庭裁判所での認定や判断を参考にすると、以下に挙げる援助や贈与では、特別受益が認められる可能性が高いです。
住宅購入資金の援助
住宅購入資金の贈与は、相続人の生活に役立つ生計の資本の贈与そのものと言えます。
高額で扶養の範囲を超えるのが通常なので、特別受益として認められる典型例となっています。
高額な継続的資金援助
継続的な資金援助は、扶養の範囲を超える高額な場合に、特別受益となります。
事業資金の援助、生活費の援助などは、相続人の生活に役立つ生計の資本の贈与です。
一般的には、援助が月10万円を超えるケースに、特別受益が認定される可能性が高いとされています。
もっとも、裕福な家庭ではこの限りではなく、扶養の範囲を超える額は各家庭によって異なる点には注意しましょう。
不動産や車の贈与
不動産や車を被相続人が相続人に贈与したり、買い与えたりする行為は、高額で扶養の範囲外と判断するのが通常であり、特別受益にあたるでしょう。
土地の無償利用(同居のケースを除く)
同居のケースでは独立の占有がなく利益無しと判断され、特別受益は認められません。
しかし、独立した相続人が被相続人所有の土地に建物を建てて長らく無償で利用していたといったケースでは、無償使用の利益が扶養の範囲を超え、特別受益として認められる可能性があるでしょう。ただ、このような場合、固定資産税や管理費を子どもが負担してきたような場合には持ち戻しの免除が問題となります。
特別受益が否定される例とは
特別受益が否定される例は以下となります。
扶養の範囲内と判断されるケース、生計の資本のための贈与にあたらないケース、受益が無いケースが否定される代表例です。
通常の学費
現在では大学進学が一般的となっているため、大学までの学費を親が負担するのは扶養の範囲内として、特別受益とならないのが原則です。
時代によっては、大学の学費が扶養の範囲外とされる可能性はあるでしょう。
また、留年や転校を繰り返した場合などに、扶養の範囲を逸脱していると判断されて特別受益が認められるケースもあります。
賠償金支払いのための贈与
交通事故などで相続人が賠償金支払い義務を負った場合に、親が代わりに支払うケースがあります。被相続人である親が相続人の子に金銭を贈与したと言えますが、賠償金の支払いは生計の資本としての贈与に当たらないため、特別受益とならないとされています。
被相続人からの借金
お金を借りても同時に返済義務を負うので受益とならず、借金をしただけでは高額であっても特別受益と認められません。
しかし、返済を免除すれば贈与にあたるため、高額であれば返済の免除が扶養の範囲を超え、特別受益にあたるでしょう。
生命保険金
生命保険金は、契約に基づいて保険会社から受取人に対し支払われる金銭であり、被相続人からの単なる贈与とは性質が異なるため、原則として特別受益となりません。
ただし、遺産の総額よりも保険金の方が高額となる場合は、例外として特別受益と判断されるケースもあります。
特別受益に関連して疑問を持ちやすい点や注意点の紹介
最後に、特別受益に関連して疑問を持ちやすい点や注意点について、いくつか紹介します。
特別受益に関する手続きは、持ち戻しの免除や財産の評価、税金など、様々な要素が絡み合います。これらの点については、個々のケースによって判断が異なるため、疑問が生じやすい点が少なくありません。
また、贈与された財産の評価額についても、相続開始時の時価で評価するなど、複雑な計算が必要となる場合があります。
特別受益によって相続税の計算方法が変わる場合もあるため、税金面での影響についても注意が必要です。
持ち戻しの免除とは?
特別受益を受けた相続人が、その財産を他の相続人と共有するために戻す『持ち戻し』。しかし、被相続人の意思によって、この持ち戻しを免除できる場合があります。
被相続人による免除の意思表示
遺留分を侵害しない限り被相続人の意思(持ち戻し免除)を優先させ、免除があった場合には特別受益を考えずに遺産分割を可能とする民法の規定があるのです。
そこで、被相続人は、遺言などにより、特定の相続人に対して特別受益の持ち戻しを免除する意思表示ができます。この意思表示は、口頭でも有効とされていますが、明確にするために遺言への記載が一般的です。
黙示の意思表示
免除の意思表示は明示でなく黙示でもよいとされているため、事例によっては結論が分かりにくくなる可能性がある点に注意しましょう。
事例を総合的に判断する際に、持ち戻しの免除を認めた方が合理的な結論になる場合、黙示の免除の意思表示があったと判定され、持ち戻しの計算を否定する事例があるのです。
例えば、農業を継ぐ子供の一人に農地を生前贈与したケースなどで、必要性・合理性から黙示の持ち戻し免除の意思表示が認められる可能性があるでしょう。
持ち戻し免除の推定規定がある
婚姻期間が20年以上の配偶者に対して居住用の建物又は土地を贈与(遺贈)した場合には、持ち戻し免除の意思表示があったと推定する規定があります。
長く共に過ごした配偶者の利益を保護する観点から、一定の場合には原則として持ち戻し計算をしないように修正されているのです。
生前贈与された財産の評価額は?
特別受益に該当する生前贈与された財産の価額は、公平な分割の観点から、相続開始時を基準として計算します。
公平な遺産分割の実現のためには、正確な財産価額の評価が必要です。
ここ数十年価値がほぼ変動していない現金と異なり、不動産や株式などは贈与時と相続時で価値が変化するケースが多く、相続開始時にいくらの価値があるかを計算する際の評価方法でトラブルが起こる可能性が高い点に注意しましょう。
特別受益の持ち戻しがあった場合は贈与税などに影響する?
生前贈与が特別受益として持ち戻されて遺産分割をした場合に、贈与税や相続税がどうなるのかとの疑問点を持つ方は多いでしょう。
この点、特別受益の持ち戻しはあくまで具体的相続分を計算する際の架空の計算処理方法にすぎず、生前贈与の事実は何も変わらないので、特別受益の持ち戻しの有無は基本的に税金面に影響を与えません。
特別受益として遺産分割において持ち戻されて計算されたとしても、生前贈与が税務上も法律上も贈与として処理される点に変わりはなく、贈与当時に贈与税を支払う必要があったかどうかの問題でしかないのです。
生前贈与については生前贈与加算として、亡くなる数年以内の贈与について相続財産に足されて相続税が計算される可能性がありますが、やはり特別受益の認定とは別の話です。
特別受益の処理に悩む場合には、専門家である弁護士に相談しよう
相続人間の仲が良ければ、互譲しながら相続人間の協議で意見をまとめ、特別受益があってもなんとなく計算して遺産分割してしまうケースも、もちろん多くあります。
しかし、公平な分割を望む場合や、相続人間の意見が対立している場合は、弁護士などの専門家への相談がおすすめです。
また、協議がまとまらずに家庭裁判所での調停や審判を利用する際に、必要となる証拠や予測される結果を考察するにも、専門的知識が必要となるでしょう。
トラブルを回避し、円満に相続手続きを進めるためには、専門家の力を借りることが有効です。特別受益に関する問題を抱えている方は、一度弁護士にご相談ください。