生前の預貯金の使い込みに関する訴訟は事実認定が大切
超高齢社会(65歳以上の高齢者の割合が人口の21%を超えた社会のこと)が続く日本では、高齢者の財産管理を同居の親族が行うケースは増え、遺産の使い込みの問題は多発しています。
遺産の使い込みの典型例が、被相続人の生前に預貯金が同居の親族等に勝手に引き出されて使い込まれるケース。しかし、預貯金使い込みに関する争いの事例や判例についてまとめた文献や情報は少ないのが現状です。預貯金使い込みについて何が争いとなるのか、訴訟になった際はどのような場合に勝訴の見込みがあるのか、一般の方にはイメージしにくいでしょう。
証拠が少なく事実認定が難しい事例が多い点や、各家族の個別事情に応じて結論が変わるため各事例の類型化・体系化が難しい点から、訴訟の結果の予測も難しくなるのは仕方ありません。
とはいえ、争点となる重要な事実認定について理解が深まれば、預貯金の使い込み問題は、対応が立てやすくなってくるはずです。
一般的には不当利得構成か不法行為構成で訴訟提起して責任を追及する
生前使い込まれた預貯金については、不当利得返還請求訴訟か不法行為に戻づく損害賠償請求訴訟で責任を追及するのが一般的です。使い込んだ相続人に対し、法律上の原因なく利得を得ていると主張して返還を求めるか、被相続人に対して違法行為を働いたとして損害賠償を求めるかという違いになります。
両者は、時効期間の長さや弁護士費用の請求の可否等の点で異なります。どちらの請求においても、証明すべき事実は大きく変わりませんが、法的に適切な請求を選択する必要があります。
結論は「実際のできごとがどうだったのか」事実認定による部分が大きい
不当利得構成と不法行為構成、どちらで訴訟をしていくとしても、預金の使い込みの訴訟は、法律の解釈だけでなく「実際のできごとがどうだったのか」という事実関係の解明がとても重要です。
裁判では、要件事実(法律の適用に必要な要件に該当する直接的な事実のこと)は何か、主張立証責任(訴訟で法的請求を主張したり証拠を提出して立証する責任が原告と被告のどちらにあるのかの問題)といった法律論の整理も確かに重要です。しかし、預貯金の使い込みの事例においては、実務上、裁判所が主導して原告と被告の当事者双方に説明と証拠提出を求め、真実を解明するよう誘導して審理を行うケースが多いと言われています。
最終的には法律論よりも事実認定で結論が左右される場合が多く、争いとなる事実を立証することができるのかについて、検討することが大切になってきます。
家族の関係性・個別性を尊重するため画一的な処理はせず総合的に判断する
預貯金使い込みの訴訟における事実認定では、家族間の複雑な人間関係や財産の状況など、個々のケースにしかない特有の事情が大きく影響します。
家族の関係性や財産管理の方法などは、家族ごとに大きく異なり、個別の事情が尊重されるべきなので、類型化しての画一的な事件処理はできないのです。
よって、明確で画一的な判断基準は存在せず、事例ごとの結論を明確に予想するのは容易ではありません。ただ、一定の類型に応じて重要となる事実関係を整理することはできますので、以下に紹介します。
預貯金引き出し行為に関する事実認定
預貯金使い込みの裁判は、典型的には、①誰が預金を引き出したのか、②引き出した者に預金引き出しの権限があったのか、③贈与があったのか、④払戻金が被相続人のために使われたのかという点のいずれかまたは複数が問題になることが多いと言えます。
単純化して言えば、
①は、相手が「私が引き出したのではない」または、「故人が自分で引き出したのだ」と主張している場面
②は、「故人から頼まれて引き出しただけだ」などと主張している場面
③は、「故人からもらったのだ」と主張している場面
④は、「故人のために使ったのだから違法ではない」と主張している場面
といえます。
預金使い込みの裁判では、具体的な事実関係をいかに明確に証明できるかが勝敗を分ける鍵となります。
以下の章では、訴訟を起こして財産を取り戻そうとする側を「原告」、訴訟の相手方であり使い込みが疑われる側を「被告」と表現します。
①「誰が預貯金を引き出したのか」の事実認定
金融機関の取引履歴の確認により、入手金の履歴は客観的に明らかになります。
しかし、誰が引き出したかは、通常は取引履歴からは直ちに明らかにはなりません。
誰が引き出したのかを推認する間接的な事実と証拠によって、認定する必要があるのです。
原告は、次の例に挙げたような事実や証拠の存在を主張し、引き出した人物を立証していくことになります。
・被相続人の口座引き出しと近い時期に多額の被告口座への入金があった
・窓口での払戻で、払戻請求書の筆跡が被告のものである
・引き出しに使用されたATMが被相続人の居住地から離れており、被告が利用しやすい場所にある
・本人による引き出しは不可能と判断される、被相続人の健康状態を示す証拠がある
・被告が介護を行っており、被相続人の通帳等を管理し持ち出していた証拠がある
上記の通り、このような類型では、被告は「私が引き出したのではない」と関与自体を否定していることになります。関与自体を否定していたのにもかかわらず、被告の関与が明らかになった場合、引き出し行為の違法性についても認められることが多いでしょう。
②預貯金の引き出しの権限の有無の事実認定
被告側からは、本人から口頭で委任、承諾、同意、委託などの授権があったとの反論主張もよくなされます。引き出し行為を認めても、引き出し権限があるので不当な利得や不法行為はないと主張をするのです。
被相続人は亡くなっており、直接的な証拠は不足するのが通常なので、権限の有無については状況証拠により、総合的に判断されます。
被相続人が認知症などで意思能力がない場合には、委任や承諾は無効と判断されるでしょう。完全に意思無能力といえない場合でも、認知症等の診断を受けていることは有力な証拠といえます。
生活費や医療費・介護費・税金の支払いなど、言わばルーティーン費用の支払いについての授権を口頭で行うのは不自然でないため、低額な引き出しであれば被告の主張が認められる可能性が高いです。
また、配偶者には特殊性があり、権限を認められやすい点も知っておきましょう。
実質的に預貯金が夫婦共同財産であると認定されたり、婚姻費用負担義務(民法第760条)や夫婦間の扶助協力義務(民法第752条)による支出とされたりして、正当化されやすいとはいえます。
③贈与を受けたとの事実認定
預金が使い込みの事件において、相手が「贈与された」と主張するかどうかは、その後の争いのあり方を大きく左右します。仮に被相続人の意思に基づく贈与であれば、不正な出金とは言えません。
仮に、贈与が事実が事実であれば、次には、遺産分割手続の中で、その財産は特別受益に該当し、遺産分割の手続きの中で考慮すべきかどうかが問題となります。
しかし、贈与が事実でなければ、使い込みの有無の問題として、遺産分割外の民事訴訟で争うのが一般的な解決方法となります。
このように相手方の主張次第で用いる手続きや裁判所が変わってきます。また、複雑な事案では手続きが家庭裁判所と地方裁判所の両方において係属することもあります。使い込みの主張を行う上では、相手方がどのような主張を行なっているのかに照らして適切に解決への筋道を検討しておく必要があります。
④払戻金の使途(被相続人のために使ったかどうか)の事実認定
引き出しの権限に関する主張(上記②)と関連して、被告から主張されることが多い事実関係として、預貯金を被相続人のために使用したので違法性はないとの主張です。
事実認定が難しい争点ですが、一般的には、金額が低い場合は被告の説明が合理的と判断されやすい点に注意しましょう。
証拠が不足するケースが多く、被告の説明の合理性が個別具体的に判断される
被告が預貯金の管理を任されていた場合、使途をもっともよく知るのは被告本人です。
よって、訴訟においても被告が使途を説明すべきなのは間違いありません。
他方、仮に使徒を裏付ける証拠が不足していたとしても、直ちにそれだけで被告が自分のために費消したと認定される訳ではありません。金額や経緯に照らして、親子間での少額の財産移動や使途について、記録を残さなくとも不合理ともいえない場合もあるためです。
使徒に関する証拠が不足する一般的なケースでは、被告の説明が総合的に見て合理的かどうかを、裁判所が個別具体的事例に応じて判断し、事実認定がなされます。
例えば生活費など一般的に発生する支出については、領収書などの証拠が不足することもあり得るので、金額が妥当であれば説明は合理的と判断でき、被告の主張が認められやすいでしょう。
一方、不動産の購入費用など、一般的でない大きな支出については、領収書などの証拠がなければ、被相続人のための支出とはいえないでしょう。
使途として主張される典型例の紹介
被告からよく主張される使途の典型例について、いくつか紹介します。
どういった個別的事情を判断材料として事実認定がされるのか、確認しましょう。
医療費・生活費・日用品購入
被告が引き出した預貯金を、被相続人の医療費や生活費、日用品の購入のために使ったとする主張です。
仮に医療費や生活費の全ての領収書が揃っていなかったとしても、一定の生活パターンからして予測される程度の医療費や生活費、日用品の購入については、違法とまではいえないことが多いでしょう。
亡くなった方の財産状況等からして、不相当に高額でなければ、被告の主張が認められやすいといえます。
被相続人の葬儀費用
被告が、引き出した預貯金は被相続人の葬儀費用に使ったと主張するケースは多いです。
一般的には、葬儀費用は喪主が負担すべきと考えられており、被相続人の預貯金から支出することが当然に認められている訳ではありません。被相続人が一定額を葬儀費用に充てる用意していた事実や、被相続人が生前に葬儀に関する契約を締結していた事実などを被告側が立証しなければならないと言えます。
贈与
被相続人本人の意向により、被相続人が預貯金を引き出して、子や孫などへの贈与の資金としたとの主張がよくなされます。結婚祝・就職祝・誕生祝・お年玉など、名目はいろいろ考えられます。
金額が妥当であり、親族の関係性などを総合的に見て合理的な金額支出と判断できれば、被告の主張は認められるでしょう。
反対に、認知症などで被相続人の意思能力がない場合や、金額が不自然に大きい場合には、認められにくいでしょう。
被相続人以外の贈与は仮に有効であった場合、遺産分割では特別受益として考慮できない点に注意が必要です。
原告被告どちらに有利に働くか明確でない事実・証拠がある点に注意
事実認定をするうえで重要な証拠の提出では、原告と被告どちらに有利に働くか一概に判断ができない証拠がある点に注意しましょう。
例えば、被告による通帳の管理状況を示す証拠の提出により、被相続人本人ではなく被告が引き出し行為をしたと推認されます。
しかし一方で、代理権などの授権があった事実も推認され、被告に有利となる判断がされる可能性もあります。裁判上の事実認定や証拠評価については専門的な判断となりますので、弁護士に相談するのが良いでしょう。
迷った際は、訴訟の結果や和解の可能性について判断できる弁護士へ相談しよう
家族間の問題は、各家族の個別事情が尊重されるべきであり、細やかな総合的判断により事実認定が行われ結論が決められるため、訴訟の結論の予測は難しいです。
完全には勝訴できない場合でも、少しでも財産を取り戻せるケースがあるかもしれません。
経験豊富な弁護士であれば、提出可能な証拠や家族の個別事情から、訴訟を提起した場合の結論や和解の可能性を、一般の方より正確に判断できます。
自分のおかれた事例での予測が難しく、どうすべきか判断に迷う場合は、一度相談してみてはいかがでしょうか。
参考文献:名古屋地方裁判所民事プラクティス検討委員会「被相続人の生前に引き出された預貯金等をめぐる訴訟について」判例タイムス1414号 91ページ以下・山村真登著