遺留分の請求と相続債務の関係とは・相続債務の承継について
財産を多く承継した方に遺留分を請求すると、マイナスの財産である借金まで多く背負うのではないかと、不安に思う方がいるかもしれません。結論から言うと、遺留分侵害額を請求したとの事情だけでは、相続債務の負担(負担すべき借金の額)は増えません。
ただ、遺留分侵害額請求をするかどうかに関わらず、一定の借金の支払いを請求される可能性はあります。遺留分権利者は法定相続人であり、債権者は法定相続人全員に対して相続債務を請求可能だからです。
遺留分と相続債務は、いったいどのような関係にあるのでしょうか。まずは、相続債務の承継について簡単に解説します。
法定相続人が承継する相続債務
被相続人が残した借金や未払い金は、民法の規定により、相続債務として法定相続人が承継します。
相続債務のほとんどは、金銭債務に代表される分割可能な可分債務です。
一つのものを引渡す義務といった、債務の目的の性質上分割ができない債務を不可分債務と呼びます。共有物の引渡し義務・登記義務が不可分債務の例です。可分債務は法定相続分に応じて当然に分割され、不可分債務は、相続人全員が全部について履行義務を負うとされています。
債務承継の決定(借金を負う相続人の決定)は、当然には債権者(貸主)に対抗できない
判例によると、可分債務は当然に分割されて相続され、遺産分割の対象にはなりません。
ですが、遺産分割で負債を引き継ぐ相続人を決定した場合は、相続人の間で負担割合を決める効果はあり、相続人間では有効とされています。
ただし、債権者の関与なくして、債権者に負担割合変更の主張はできません。
債権者が合意すれば、債務の承継割合の変更を主張できる
債務承継割合についての決定を債権者に主張し対抗するには、債権者の同意を得るか、債権者を契約当事者に含めて免責的債務引受(※債務を引き継ぐ契約のこと)をする必要がある点に注意しましょう。
相続人側の都合だけで請求先となる相手や負担割合を決定可能とすると、債権者の不利益が大きく、安心してお金を貸したりできなくなってしまいます。債権者保護の要請は大きいのです。
債権者の合意があって初めて、債務の負担割合をゼロと決定した相続人は可分債務の履行義務から解放されます。
債権者の合意が得られない場合の処理
債権者の合意が得られない場合に、どのような関係になるのか具体例で確認しましょう。
夫が亡くなって相続人が妻1人子供1人の2人で、100万円の借金があるとします。この場合、借金は可分債務として当然に2人に50万円ずつ分割承継されます。
分割承継されるとはいえ、遺産分割で妻が借金を全額支払っていくとする決定は相続人間では意味があり、負担部分は妻100万円、子供0円となります。しかし、遺産分割に合意しない貸主は、遺産分割での決定に拘束されず、50万円を子供に請求できるのです。貸主の請求に応じて子供が50万円を支払った場合は、子供が支払った50万円を妻に求償して清算します。
遺留分侵害額請求によって、相続債務は変わらない
結論として、相続債務の承継は法定相続人に一律に生じるのが原則です。
遺留分の請求は、相続人間の債務の負担割合などを変更する意思を示すものではありません。また、遺留分侵害額請求が債権者の関与しない手続きであり、債権者との関係は変化しません。
よって、遺留分侵害額請求によっては、相続債務の負担割合や帰属は変わらないと言えるでしょう。
債務の額が具体的な遺留分額や遺留分侵害額に与える影響と、相続債務の判断基準
相続債務がある場合とない場合で、遺留分に関する計算方法が変わるわけではありません。
しかし、相続債務の額は、遺留分算定の基礎財産の額と、遺留分侵害額の計算に影響します。遺留分算定で控除される相続債務についても確認しておきましょう。
債務の金額が増えると、遺留分算定の基礎財産額は下がる
遺留分算定の基礎財産額とは、遺留分額を計算するにあたっての、被相続人の財産額です。
民法で計算方法が決まっており、以下の式で計算されます。債務が多いほど遺留分額算定の基礎財産の額が下がるのがわかります。
「遺留分額算定の基礎財産の額」=「死亡時のプラスの財産(相続財産)」+「一定の贈与(特別受益など)された財産」-「死亡時のマイナスの財産(債務)」
例えば、相続財産が5,000万円、債務が1,000万円の場合は、基礎財産額は4,000万円になり、基礎財産額に遺留分割合を掛けた金額が、保障される遺留分額です。
法定相続人が配偶者1人と子供1人の場合、遺留分割合は配偶者も子供も1/4であり、基礎財産額が4,000万円ならば、遺留分額はそれぞれ1,000万円となります。
遺留分侵害額の計算の際には、遺留分権利者が負担する債務額を加算できる
具体的に保障される遺留分額が、そのまま請求可能な金額とはなりません。
遺留分を侵害している相手方に請求できる金額(=遺留分侵害額)は、さらに修正して算出します。遺留分権利者の手元に残るべき公平な金額を算定するため、一定の修正計算をするルールがあるのです。
相続債務の額については、遺留分権利者が負担する債務の額が、遺留分侵害額に加算され、公平な結論を導きます。
例えば、保障される具体的遺留分額が1,000万円のケースに、200万円の債務の負担がある場合には、1,200(1,000+200=1,200)万円を遺留分侵害額として請求可能となります。
ちなみに、遺留分権利者が特別受益にあたる生前贈与を受けている場合や、相続分として受け取るべき財産が残っている場合には、その金額についてマイナスされる点についても知っておきましょう。
保障される遺留分額が1,000万円でも、遺留分権利者に対する300万円の特別受益にあたる生前贈与があり、相続分として200万円受け取れるような場合は、遺留分侵害額は500(1,000-300-200=500)万円しかありません。
遺留分算定において相続債務にあたるかどうかの判断
葬儀費用などが、相続債務にあたるかの判断に迷う方もいるでしょう。
相続債務の典型例は、被相続人の借金やローン、未払いの家賃や医療費であり、生前発生した税金の未払い金も含まれます。
遺留分算定において控除される相続債務といえるかどうかは、生前か死後か発生の時系列で判断すると分かりやすいでしょう。生前に、被相続人に対して発生している債務が相続債務となります。
死後に生じる債務である、葬儀費用や相続税の負担は、遺留分算定において控除される債務とはなりません。
遺言の実現に必要となる遺言執行費用や、相続開始から遺産分割協議までの間の相続財産管理費用なども、死後の債務として相続債務とならない点に注意しましょう。
疑問が生じやすい事例の紹介
続いて、遺留分侵害額請求による不都合があるのか、遺留分侵害額請求が可能なのかについて疑問が生じやすい、二つの事例を紹介します。
相続人間での関係性と債権者との関係性の違いに注意し、高額な債務があり法的判断が難しい際は専門家への相談を視野に入れましょう。
相続人の一人に全財産を承継させる遺言があるケースでの遺留分侵害額請求
相続人の一人に全財産を承継させる遺言は、少なくありません。
この場合、原則として相続債務も相続人の一人にすべて相続させる趣旨だと判断するのが判例です。
注意すべきは、遺言に関わっていない債権者は、遺産分割の場合と同様に保護される必要があり、法定相続分に応じて相続人全員に請求可能である点です。
遺言により、相続人間の関係では指定された相続人が100%の負担割合で債務を負担しますが、債権者には指定された事実を主張できないと理解しましょう。
遺留分権利者が全財産を承継した相続人に遺留分侵害額を請求しても、相続債務の負担割合は変わらず、不都合はありません。
しかし、遺留分侵害額を請求するしないに関わらず、債権者から一定の履行を請求される可能性があります。
借金などの可分債権についての請求に応じた場合は、負担100%と指定された相続人に対して求償して清算します。
債務超過のケースでの遺留分侵害額請求
プラス財産の額より借金など負債金額の大きい状態が、債務超過です。
相続財産が債務超過の場合は、法定相続人は相続放棄により一切相続しない方法を選択するケースが多いです。しかし、どうしても相続したい不動産や会社承継のための株式があり、債務超過であっても相続放棄できないケースもあるでしょう。債務超過にもかかわらず、遺留分侵害額の請求はそもそも可能なのかが問題点になってきます。
こんな場合の理論的に判断した判例がなく、明確な結論は出せません。
遺留分額はゼロであり、侵害額請求はできないとする説もあります。いっぽうで生前贈与がなされている場合に可能とする有力な説もあるのです。
相続財産の評価方法を見直したり、実体のない相続債務を除外すれば、遺留分侵害額を認められる可能性があります。
簡単ではありませんが、個別事情に応じて遺留分が認められるかもしれません。専門家へ相談して確認したほうがよいでしょう。
高額な債務があるかもしれない場合には、早めに専門家に相談しよう
遺留分を請求する際には、債務についてもプラスの財産についても、被相続人の財産の詳細な調査を徹底しましょう。
被相続人に高額な債務があった場合に相続放棄するかどうかは、とくに早めの法律的判断が必要となる場面です。
被相続人に債務があるケースは、調査に時間がかかる可能性は高く、法律関係も複雑になりがちです。専門家の力を借りた方がうまくいくかもしれません。
「被相続人が事業を行っていて高額債務のある可能性が高い」…こんなケースで遺留分を請求したい場合は、専門家である弁護士に早めに相談を検討しましょう。