相続人が多い遺産相続は複雑
相続が発生すると、相続人間で遺産分割を進める必要があります。遺言が存在する場合はその内容に従うことになりますが、遺言がない場合は、相続人全員で遺産分割協議を行い、相続方法を決定します。
遺産分割協議は相続人全員で行わないといけない
遺産分割協議は、法定相続人全員の合意によってのみ成立し、誰か1人でも反対すれば協議は成立しません。この原則は、相続人の人数に関わらず適用され、たとえ相続人が多数であっても全員の合意が必要となります。したがって、相続人の数が多いほど、合意形成が困難になり、遺産分割協議が長期化しやすいといえます。
そのため、円滑な遺産分割協議を実現するには、相続人全員の意思を確認し、調整するプロセスが不可欠です。ただし、協議の進め方として、必ずしも相続人全員が一堂に会して話し合う必要はありません。電話、メール、手紙などを活用しながら協議を行うことも可能であり、特に、相続人が多い場合や遠方に住んでいる場合は、電話やメールなどの手段を用いた合意形成が現実的な選択肢となります。
一方で、遺産の分割方法について全員の合意に至った場合は、その内容を明確にするために「遺産分割協議書」を作成する必要があります。遺産分割協議書は、将来的な紛争防止の観点からも重要ですし、不動産の登記手続きや預貯金の解約手続きなど、多くの相続手続きにおいても提出が求められるため、適切な書面の作成が必要となります。
特に、不動産の相続登記や金融機関での手続きを行う場合、相続人全員が遺産分割協議書に実印で押印し、印鑑証明書を添付することが求められます。このため、相続人全員の同意を得るだけでなく、必要な書類の準備や署名・押印の取得について、事前に明確な情報共有を行い、スムーズに手続きを進められるよう準備をしておくことが重要です。
相続人の多い遺産分割協議が難しい理由
相続人が多い場合、以下のような理由から遺産分割協議が難航・長期化する可能性があります。
・相続人同士で意見が対立する
・連絡の取れない相続人がいる
・認知症の相続人がいる
1. 相続人の把握が困難
被相続人に離婚歴があり、前妻・前夫との間に子どもがいるケースや、数次相続(相続人が死亡し、さらに次の相続が発生するケース)では、相続人が10名以上に及ぶこともあります。被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本を取得して正確に相続人調査を行うようにしましょう。
2. 相続人同士の意見対立
相続人の数が増えるほど、遺産分割の方法に関する意見が分かれやすくなります。特に、相続財産の分け方や評価額の算定方法を巡って対立が生じるケースが多いため、円滑な合意形成には調整が欠かせません。調整や交渉を尽くしても合意に至らない場合には調停等の法的手段を検討することになります。
3. 連絡の取れない相続人がいる
相続人の中に行方不明者がいる場合でも、その相続人を除外して遺産分割協議を行うことはできません。様々な方法を用いて不在者の所在を調査することになりますが、それでも所在の分からない相続人がいる場合には、家庭裁判所への不在者財産管理人の選任等の法的手続を検討することになります。
4. 認知症の相続人がいる
相続人の中に認知症などで意思能力を欠く人がいる場合、原則として、成年後見人を選任しなければ、遺産分割協議を行うことができません。認知症あると診断されたとしても直ちに意思能力が否定される訳ではありませんが、仮に意思能力が欠けている場合は遺産分割全体が無効となるリスクがありますので、遺産分割が可能かどうかを慎重に判断する必要があります。また、後見人の選任には時間と費用がかかるため、相続人に意思能力に疑問のある方がいる場合には、被相続人が予め遺言書を作成しておくなど対策を講じておく方が良いでしょう。
相続人が多すぎる時の遺産分割協議の進め方
相続人の人数に関わらず、遺産分割協議の基本的な進め方は共通しています。しかし、相続人が多数に及ぶ場合、意見調整や手続きの煩雑さから協議が難航しやすくなるため、あらかじめその流れや対策を十分に理解し、適切に準備を進めることが重要です。
1. 相続人の調査
相続人の範囲を正確に特定することが、遺産分割協議のために欠かせません。遺産分割協議成立後に新たな相続人が判明すると、再度協議をやり直す必要がありますし、成立前であっても再度初めから分割案を調整し直さなければならなくなります。当然のことと思わずに、被相続人の出生から死亡までの戸籍を収集し、法定相続人を確定させる必要があります。
相続人が多い場合や、被相続人に婚姻歴が複数ある場合、相続人がすでに死亡していて数次相続が発生している場合などは、相続人の特定が難しくなるため、弁護士に調査を依頼するのも有効な手段です。
法定相続情報一覧図の活用
相続人の特定を効率化する方法として、「法定相続情報一覧図」の作成が挙げられます。これは、法務局に戸籍謄本等を提出し、法定相続関係を証明する一覧図を作成・登記官が認証する制度です。法定相続情報一覧図を取得すれば、相続手続きごとに戸籍一式を提出する必要がなくなり、不動産の相続登記、金融機関での相続手続き、税務署への相続税申告などの手続きがスムーズに進められます。相続人の数が多い場合には特に活用を検討するようにしましょう。
相続放棄・相続分の放棄・相続分の譲渡の活用
また、相続人が多い場合には相続放棄や相続分の放棄・譲渡を活用し、協議の当事者を減らすことも一つの方法です。
(1)相続放棄
相続放棄とは、相続そのものを放棄し、初めから相続人ではなかったことにする手続きです。相続人が負債を引き継ぐことを避ける目的で行われることが多く、家庭裁判所に申述する必要があります。
主な特徴
-相続の権利・義務のすべてを放棄(プラスの財産もマイナスの財産も一切相続しない)
-家庭裁判所への申述が必要
-相続の開始を知ってから3か月以内に手続きを行わなければならない
-相続人としての地位を失うため、遺産分割協議に関与しない
-初めから相続人ではなかったものとして他の相続人の相続分が計算される
(2)相続分の放棄
相続分の放棄とは、相続人としての地位は維持したまま、自分の取り分(相続分)のみを放棄することです。相続人としての地位は維持されるので、被相続人が負債を有していたバイアにはこれを引き継ぐ可能性があります。
主な特徴
-相続人の地位は維持され、相続財産の負債も引き継ぐ可能性がある
-相続人間の協議で決まるため、家庭裁判所の手続きは不要
-放棄した者は遺産分割協議に参加しなくても良い
-他の相続人の相続分は増加することになる
-譲り受けた者の相続分を増やす形で遺産を分けることができる
ただし、単なる放棄であっても遺留分は維持される可能性がある
(3)相続分の譲渡
相続分の譲渡とは、自分の相続分を他の相続人や第三者に譲ることです。譲渡は無償でも有償でも可能です。
主な特徴
-相続人に譲渡した場合、同人の相続分が増える
-相続人以外の第三者へ譲渡することも可能。この場合、譲受人が遺産分割協議に参加することになる
-譲渡する相手が相続人以外の場合、他の相続人は買取請求権(民法905条)を行使できる
-相続分を譲渡しても、債務(負債)については債権者が同意しない限り免責されない
-譲渡人及び譲渡人それぞれが相続税、贈与税、譲渡所得税などの課税対象となる可能性がある
2. 相続財産の調査
次に、被相続人の財産を正確に把握することが重要です。全ての財産を整理した上で、協議のテーブル上にのせる必要があります。存否不明の財産がある、または価値の分からない財産がある中で、遺産分割を進めようとするケースも散見されますが、遺産の全体像を把握することなく、噛み合った議論を行うことは困難です。具体的な協議に入る前に全ての遺産を整理しておく必要があります。
財産調査は、預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借金や未払金などのマイナスの財産についても調査を含めて行う必要があります。一方当事者のみが把握している財産があったり、当事者全員が見落とした財産がある場合、後の遺産分割協議にも効力を及ぼす可能性もあり、慎重に進める必要があります。
3. 遺産分割協議
相続財産の調査(1.)および相続人の確定(2.)が完了した後、確定した相続財産を前提に、相続人全員で遺産の分割方法を協議していきます。
遺産分割協議の進め方については法律上の明確な手続きが定められているわけではなく、相続人同士の話し合いによって合意を形成することになります。
なお、相続人全員が一堂に会する必要はなく、書面やインターネット、電話、手紙などを活用して協議を進めることも可能です。そのため、相続人が遠方に住んでいる場合や、仕事の都合で直接会うことが難しい場合でも、柔軟に調整を行うことができます。
相続人が多い場合、意見の調整が難しくなり、合意形成に時間を要するケースが少なくありません。通常、相続人の中で誰かが中心となり、各相続人の意見を取りまとめながら調整を進めることになりますが、相続人が多いと、各相続人が取得できる相続分が相対的に小さくなるのに対し、交渉相手が増えるので、調整役の負担は大きくなりがちです。
特に、不動産など分割が困難な財産が含まれる場合には、換価分割(売却して金銭で分割)や代償分割(一部の相続人が取得し、他の相続人に金銭で補填する)といった方法を検討する必要が出てくるでしょう。
遺産分割協議が長引くことは、相続人全員にとって負担となります。そのため、相続人全員が協議の長期化を避けるための姿勢を持ち、迅速な意見表明を心掛けることが重要です。
4. 遺産分割協議書の作成
遺産の分割方法について全員の合意に至った場合は、その内容を明確にするために「遺産分割協議書」を作成する必要があります。遺産分割協議書は、将来的な紛争防止の観点からも重要ですし、不動産の登記手続きや預貯金の解約手続きなど、多くの相続手続きにおいても提出が求められるため、適切な書面の作成が必要となります。
特に、不動産の相続登記や金融機関での手続きを行う場合、相続人全員が遺産分割協議書に実印で押印し、印鑑証明書を添付することが求められます。このため、相続人全員の同意を得るだけでなく、必要な書類の準備や署名・押印の取得について、事前に明確な情報共有を行い、スムーズに手続きを進められるようにしておくことが重要です。
相続人が多数の場合、1通の遺産分割協議書を作成する場合、1人に郵送して返送してもらい、別の相続人に郵送と繰り返すため、手間と時間がかかります。そのような場合、遺産分割協議書の代替として「遺産分割協議証明書」を作成する方法もあります。
遺産分割協議証明書とは
遺産分割協議証明書とは、各相続人が自身の取得財産に関する協議内容のみを記載した書面で、相続人ごとに個別に作成できます。
たとえば、相続人が4名いると、遺産分割協議書には相続人4名分の署名押印が必要です。一方、遺産分割協議証明書は相続人別に4通作成し、それぞれの署名押印で事足ります。
なお、インターネットの記事の中には、遺産分割協議証明書には自分の相続する財産のみを記載すれば足りると解説するものもありますが、遺産分割協議の結果を記載する書面であることに変わりはありませんので、全財産の分割方法について記載すべきです。
相続人が多いケースでは、それぞれで作成できる遺産分割証明書の利用を検討すべきでしょう。
5. まとまらない場合は遺産分割調停・審判
遺産分割協議を行っても相続人間で合意が形成できない場合、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることが可能です。調停では、裁判官と調停委員が中立的な立場で関与し、相続人同士の意見を調整しながら、合意形成を図ります。当事者間で直接話し合うのが困難な場合や、感情的な対立がある場合にも、裁判所の関与によって円満な解決を目指すことができます。ただし、調停は裁判所での正式な手続きであるため、法的な主張を行う必要があり、主張の裏付けとなる証拠の提出が求められる点に注意が必要です。
調停でも合意に至らない場合、手続きは自動的に審判に移行し、裁判所が遺産分割の内容を決定します。ただし、審判による解決は、あくまで法的な基準に基づいた判断となるため、当事者の希望が必ずしも反映されるとは限りません。特に、裁判所が法定相続分を基準に分割を決定する可能性が高いため、相続人の間で柔軟な解決を図りたい場合には、できる限り調停の段階で合意形成を目指すことが重要です。
相続人が多い時の遺産分割協議における注意点
相続人が多い遺産分割協議は、意見の対立や合意形成の難しさから長期化しやすく、相続手続きの負担も増大します。協議自体には期限はありませんが、相続税申告は10ヵ月以内、不動産の相続登記は3年以内に行わなければならず、長引けば法的なリスクが発生します。また、時間が経過するほど次の相続が発生し、手続きがさらに煩雑化する可能性があります。
手続きの面でも、相続人が多いと戸籍収集や遺産分割協議書の作成が困難になり、専門家に依頼する場合の費用も高額になりがちです。しかし、円滑な協議のためには、相続放棄や相続分の譲渡を活用し、相続人の数を減らすといった工夫が有効です。さらに、被相続人が生前に遺言書を残すといった生前の対策を行なっておくことで、協議の負担を軽減することもできます。
相続人が多くなる背景には、時間の経過とともに発生する相続人の死亡や被相続人の離婚・再婚などの事情があり、それぞれに応じた対応が求められます。早い段階で相続人の確定と財産調査を行い、適切な対策を講じることが重要です。スムーズな手続きを進めるためには、法的知識が必要となるため、早めに弁護士へ相談し、適切なサポートを受けることをおすすめします。
相続人が多い遺産分割協議は協議が長引きやすく、費用もかさむ傾向にあり、相続人の負担が大きくなります。
注意すべき点にはしっかりと対策し、スムーズな遺産分割協議を行えるようにしましょう。