遺産分割のやり直しはできる?原則できないけれど、やり直しできるケースがある
相続が発生すると、遺言書または遺産分割協議によって遺産の分配方法が決まり、それに基づいて相続手続きが進められます。
遺言書が存在する場合は、その内容に従い遺産が分割され(遺言執行)、遺言書がない場合は、相続人全員の合意に基づき遺産分割協議が行われます。
遺産分割のやり直しとは?
遺産分割のやり直しとは、一度確定した遺産分割の内容を破棄し、改めて協議を行う手続きを指します。
通常、遺産分割協議が成立すると、法的な効力を持ち、その内容は原則として変更できません。しかし、一定の条件を満たす場合に限り、例外的にやり直しが認められるケースがあります。
遺産分割は原則やり直せない
遺産分割協議書に相続人全員が署名・押印した時点で、法的に有効な合意が成立します。この合意の効力は相続開始時に遡って発生します。これは法的な効力の伴う行為(法律行為)であり、通常はやり直しが認められません。
そのため、遺産分割協議を急いで進めた後に「やはり納得できない」と思っても、単なる後悔では協議のやり直しはできません。
遺産分割をやり直せる条件
原則として遺産分割のやり直しはできませんが、例外的に一定の条件を満たせばやり直し可能な場合があります。
また、やり直しを希望しなくてもやり直さなければならない時もあります。
やり直しが可能・必要となる条件として「解除」「取消し」「無効」いずれかに該当する必要があります。
ただし、いずれの場合でも遺産分割のやり直しが認められるケースは非常に限定的であり、多くの場合、やり直しへのハードルが高いことは留意しておきましょう。
遺産分割のやり直しの法的根拠としては以下が考えられます。
項目 | 詳細 |
---|---|
合意解除 | すでに成立した合意をさかのぼって無効にすること 相続人全員の合意があれば解除が可能 |
取消し | 成立した合意に法律上の特定の事由があり、合意が無効になること 錯誤・詐欺・脅迫がある場合に認められる |
無効 | 最初からなかったものとして扱われる 遺産分割協議の成立要件を満たしていない場合で認められる |
やり直しの時効
遺産分割協議自体には法的な期限(時効)は設けられていません。そのため、相続開始後何年が経過していても、相続人全員の合意があればやり直しは可能です。
しかし、やり直しの法的根拠となる 「錯誤・詐欺・脅迫」 などを理由に協議の取消しを求める場合、一定の時効制限があるため注意が必要です。これらの場合、取消しを求めることができると知った時から5年、または遺産分割協議書作成から20年以内に権利行使をしなくてはなりません。
遺産分割をやり直せる具体的なケースとは
遺産分割をやり直せるケースは限られています。どのようなケースでやり直せるかを理解しておきましょう。
相続人全員の合意がある場合
遺産分割協議のやり直しは、原則として相続人全員が合意した場合に限り、認められます。相続人のうち一部がやり直しを求めても、全員の合意がなければ遺産分割協議の再協議はできません。これは、遺産分割協議が相続人全員の合意を前提としており、成立した時点で相続人全員のため効力を発するためです。
そのため、大多数の相続人がやり直しに同意していたとしても、一人でも反対する相続人がいる場合は、協議のやり直しは不可能となります。
また、全員の合意によって遺産分割協議をやり直す場合、前回の遺産分割協議書は物理的に破棄する必要があります。これは、以前の協議書が残っていると、それを基に誤った相続手続きが進められるリスクがあるためです。
相続人による遺産分割協議が成立後、長男が相続した土地を次男が取得したケース。
次男は遺産分割協議の修正に相続全員が合意し再度行われ次男が取得することになったと主張、一方長男は所有権がないと反論。
これに対し、「共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではない」との判決が下されました。
遺産分割協議は債務不履行を理由に解除できるか?
他方、遺産分割協議が成立した後、一部の相続人が協議に基づく義務(債務)を履行しない場合、他の相続人はその不履行を理由に遺産分割協議を解除することができるのでしょうか。
約束が果たされていないのであれば解除できるようにも思われますが、この点について、最高裁は、遺産分割協議は債務不履行を理由に解除することはできないと判断しています。
最高裁は、共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して協議において負担した債務が履行されなかった事案において以下のように判断しています。
「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法541条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。」
「遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法909条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになるからである。」
新しい財産が見つかった場合
遺産分割協議が成立した後に協議時に把握していなかった財産が新たに発見された場合、その財産について別途遺産分割協議を行う必要があります。この際、対応方法として次の2つが考えられます。
2. 先の遺産分割協議を含め全体を見直す
先に行われた遺産分割の効力を覆すことなく、新たに発見された財産のみを対象とする遺産分割協議を行うのが原則です。未分割の財産についてのみ新たな協議を行ったとしても、既に成立した遺産分割協議の効力には影響を与えません。
しかし、新たに発見された財産の重要性が極めて大きく、既存の遺産分割協議の前提が根本から覆るような場合には、錯誤(民法95条)などの理由により、既存の遺産分割協議全体の取消しが検討される余地があります。ただし、錯誤による取消しが認められるには、相続人が協議時点で前提としていた重要な事実関係が誤っていたことが明確である必要があるため、取消しを主張するのは容易ではありません。
財産隠しがあった場合
遺産分割協議は、相続人全員が遺産の全体像を正確に把握した上で、公平に分割方法を協議することが原則です。しかし、一部の相続人が意図的に財産の存在を隠したり、財産の価値について虚偽の説明をし、他の相続人がその事実を知らないまま遺産分割協議が成立するケースがあります。
このように、相続人の一部が故意に財産を隠匿し、虚偽の財産内容を伝え、それによって他の相続人が誤認し、不利な内容で合意させられた場合、これは詐欺による意思表示(民法96条)に該当する可能性があります。その場合、遺産分割協議の取消しを求めることが可能です。
ただし、詐欺取消しが認められるためには、財産を隠匿したこと自体に加え、他の相続人を誤認させ、錯誤に陥らせることを意図していたこと(「二重の故意」)が必要とされます。単なる認識不足や伝達ミスによるものでは、詐欺として認められず、取消しの要件を満たさない可能性があるため注意が必要です。
遺産分割協議が無効である
遺産分割協議が無効となるケースには、以下が挙げられます。
・判断能力(意思能力)のない相続人が、後見人をつけずに参加していた
このような時は遺産分割協議が無効となるため、やり直しが必要です。
ただし、無効となる理由によって次の遺産分割協議時への対応が異なるので注意しましょう。
相続人全員が参加していない時の対応
遺産分割協議書には相続人全員の署名・押印が必要となり、誰か1人でも足りなければ無効となります。何らかの事情により相続人調査に漏れがあり後から相続人が見つかったケースや、連絡が取れない相続人を除外して進めてしまったケースがあります。
このような事実が発覚した場合には相続人全員にて遺産分割協議を再度行うことになってしまいます。戸籍から適切に相続人調査を進めること、連絡が取れない相続人がいる時でも、遺産分割調停や不在者財産管理人等の制度を利用して遺産分割協議を適正に進める必要があります。
相続人に判断能力がない人がいる時の対応
遺産分割協議において、相続人の中に認知症や精神疾患などにより意思能力を欠く人が含まれている場合、その相続人が適切な法的手続きを経ずに協議に参加すると、その遺産分割協議は無効となります。
判断能力を欠く相続人がいる場合、原則として成年後見制度を利用し、家庭裁判所に成年後見人の選任を申し立てる必要があります。成年後見人が選任されると、相続人本人の権利を適切に守るため、その後見人が法的代理人として遺産分割協議に参加することになります。
相続人の中に認知症の方がいあたりや精神疾患の疑いがあり方がいる場合、遺産分割協議を進めて良いか判断に迷うことがあります。その場合、医師の診断を受け、遺産分割協議が可能かどうかを医学的に確認してもらうことが重要になります。
遺産分割をやり直す手続き
遺産分割をやり直す場合、まずは相続人全員の合意による遺産分割協議を再度行うことが原則的な対応となります。しかし、やり直しについて相続人の意見が一致しない場合には、最終的に民事訴訟による解決を図る必要があります。民事訴訟において、遺産分割協議の取消しや無効を主張する場合、裁判所にその法的要件を満たしていることを立証する必要があります。
遺産分割協議の無効や取消しを訴訟で主張する場合、裁判所が過去にどのような判断を示しているか(判例)を理解した上で、適切な要件事実を構成する必要があります。このような証拠の収集や法的主張の組み立てには専門的な知識が求められます。
特に、詐欺・強迫・錯誤を理由に遺産分割協議の取消しを求める場合、事実関係の立証が容易ではないケースも多いため、早期に弁護士へ相談し、適切な証拠を確保・整理することが重要です。
完全にはやり直せない場合がある
遺産分割協議をやり直す場合、最初の協議から時間が経過していると、財産の状況が変わり、完全なやり直しができなくなるケースがあります。特に、不動産がやり直し前に売却されている場合、その返還を求めることができるかどうかは、遺産分割のやり直しの法的根拠や主張のタイミング、売却の時期などの事情によって異なるため、一概に判断することはできません。
複雑な判例法理がありますので、ここでの照会は割愛しますが、第三者に返還を求めるのが難しい場合が多いといえるでしょう。
仮に、不動産が第三者に売却されており、返還請求が困難な場合、通常は売却によって得られた代金を相続財産として分割する対応を取ることになります。
遺産分割協議のやり直しは弁護士に相談しよう
遺産分割協議は、一度行うだけでも相続人間の調整や書類の準備などに多くの時間と労力がかかる手続きです。やり直しを行う場合には、遺産分割協議の手間や時間に加え、すでに完了した相続手続きを再度行う必要があり、手続的な負担も増大します。
遺産分割協議のやり直しが認められるケースはあるものの、実際にやり直しが可能な事例は限られています。したがって、やり直しの可否を適切に判断するためには、過去の判例や法律の要件を踏まえた専門的な知識が必要となります。まずは弁護士への相談をおすすめします。
やり直しせずにすむように、最初から遺産分割協議を慎重に進めるのが何より大切です。弁護士のサポートを受け、スムーズな遺産分割を目指しましょう。